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青天の霹靂

たとえれば
カラッポだった瓶に
たっぷりと蜜を溜め込んだような感じだ
光に透かして
ゆらり ゆらり
滑らかに
ゆらり
鈍くゆれる金色

僕はもうお腹いっぱいなんだ
嘘みたいに笑うのにも疲れたんだ
ただ一定速度でブランコを漕いでるんだ
あともうちょっとで宙を飛べるなんて少しも思わずに

僕はいつのあいだに落としてしまったかなあ
気付いたら何度目か出逢って
だいぶ靴の裏が磨り減ってしまった

ねえ、どうだろうか
僕はもっと完璧に笑えているのかな

ねえ、それは
とても奇妙な空間なんだよ
きっと誰にもわからないんだ
鼻をくすぐって胸を刺して息が止まる
羨望のひとときに溢れる幽光
瞼を閉じて息を吸う数秒
じんわりと痺れていく神経
鈍色の空気を割く轟音
目隠しなんて要らないよ
ありがとうも さようならも
ごめんなさいも要らないよ

僕の 生きるための 言い訳すべ
# by haccax | 2006-11-15 19:07

BAD SAD MAD

如何したものか
こういう日に限って
見てはいけない物を
見てしまうんだ

一握の好奇心が
軽い嘔吐に取って代わる
後悔と一緒に吐き出して
溢れ出す嫌悪に顔を歪める

考えたくもないのに
眼を逸らせば深まり
聞きたくもないのに
眼を閉じれば澄んで

異常なまで尋常な日常
正常ならぬ愛情を求め
非情ベルも鳴らぬ戦場
立ち往生し続ける地上

絞め殺したい衝動と
途中放棄した倦怠と
結局なにもしないで
なにも思わないふり
なに一つ不自由なく
何もなく過ぎてゆく

少し黙っていてくれないか
# by haccax | 2006-11-11 11:11 | 飴玉(短編)

BORN

シャワーが
僕の背中に降りかかって
響く心地よい雨音と
燃えるようなヴェールを

僕は水滴に打たれながら
まんまるく膝を抱えて
その膝の上に頬をのせる
まっすぐに流れる海藻を

なにかの番組で
胎児はこうして過ごすという
熱い水滴が横顔をつたい
唇の隙間から入りこむ

きっと暗証番号が誕生日の主婦も
社長と飲み会で二日酔いのサラリーマンも
同じ格好で窮屈に、無垢な顔で
簸たすら壁を蹴っていたのだろうか

降ってゆく小さな粒が
僕をコンスタントに暖める
零れ落ちて流れる粒に
僕は溶かされてゆく

排水溝の奥から
波打ち際の音がする
冷え出した背中を
暖める手など空しく

開きかけた唇
そこから何が零れるの
なにも言えないまま
息を吸って不器用に愛想笑い

曇った鏡に映る背中
肩甲骨の茶色い黒子
羽ばたいている刺青
誰もが愛したすべて
# by haccax | 2006-11-10 20:25 | 飴玉(短編)

silly lovely timely

指を伸ばす
その先
誰かの手が見える
一呼吸おいて
左右つかず立ち往生している
僕はそこで立ち止まるんだ
夢見るハッピーエンド

バイバイもアイタイも

おぼろげな視界
その先
誰かの眼が撫でる
一歩引いて
空と壁を交互に嘗め回している
僕はそこで瞼を閉じるんだ
夢見たバッドエンド

売買も相対も

それで満足かい?
嗤い声がする
僕は一瞥して
手をとって歩く

そうやって毎日死んでは
生まれているんだろう

きっとこの線を越えたら
越えてしまったら
僕は、もう
今も、もう

黄色い線の 内側へ
# by haccax | 2006-11-09 19:08 | 飴玉(短編)

侵入者

僕は冷たくなった指を握って手のひらで暖めながら、ジャケットを着て外へ出る。
去年家を引っ越した僕の家族は、近所の人が通れば頭を下げて挨拶をした。もう引っ越してから一年が経つから、当然のことなんだ。つい四ヶ月前に初めて自分の新しい家を目の当たりにした僕は、未だに隣家の住人の名前も知らないし、顔や姿かたち、年齢や性別まで一切分からない。ドアを出た二歩先は、もう未知の世界だった。
いってきます、と玄関に言い捨ててドアを閉めると鍵を掛けた。後ろを折りたたみ自転車に乗った小柄な男が咥え煙草で通り過ぎる。アイツかもしれない。一瞬で顔が強張り、神経を眼に集中させて一直線にその男の特徴をつかもうとする。その行為はもう既に僕の中で習慣化され、反射的に、無意識のうちにするようになっていた。
真新しい新築の僕の家の窓が、数週間前に割られた。幸い、窓の構造が複雑であったため、叩き割れずに二、三度叩いたあと侵入を諦めたようだった。僕は第一発見者だった。警察は僕の事情聴取をしたがっていたけれど、日中は学校だったので出来なかった。窓はカーテンで隠れていたのだけれど、セロハンテープを貼ったような不自然な線を見つけて近寄って調べてみたのが始まりだった。その日、三者面談で家を出たのが十時、帰ってきたのが十二時だった。たった二時間の間に、何者かが僕の家の窓によじ上り、金属製のもので叩き割ろうとしたのだ。窓の数箇所に、黒い墨のような指紋が残っていた。警察はその指紋を取って帰っていったようだけれど、それから音沙汰無い。唯一分かったのは、手形の指の間隔からすると、侵入者は小柄な人間だった(と推測される)、ということだけだった。左隣の住人は犯行時に家に居て、物音を聞いたという。右隣の住人は以前(といっても数十年前)に空き巣に入られたという。父と母は三日間くらい騒いで、仕事の話しかしなくなった。本当は、僕は、そんなことはどうでもよかった。
その日から僕は極端に眠れなくなった。不眠症に陥った。眠気がしない、というより、眠ってしまうことすら恐ろしかった。物音がすればすぐに飛び起き、玄関の明かりをつけ、家中の窓の鍵が閉まっているか、その度に繰り返し確認して回った。横になって瞼を閉じて、眠ろうとすればするほど、音に敏感になって眠れなかった。もっとも、初日は出刃包丁二刀を目の前に据えて、金属バットを抱きしめ、暗闇の中じっとして、物音がするたびに家中を何度も、忍び足で音を立てないように歩いて回った。僕が何よりも恐ろしかったのは、正体の不透明さだった。得体の知れない侵入者は、何日も前から僕のことや、僕の家族こと、近所のこと、または僕が思いつく事以上のことを把握して、記憶して、息を潜めて、機会を狙っていたのだろう。彼(若しくは彼女)が残していった爪痕は、それだけで無防備な僕に凄まじい衝撃を与えた。財産が、命が、惜しいんじゃない。金目のものならそこらじゅうに転がっているし、盗られて困るものなどそこらじゅうに散らばっている。そんなことに、僕は何の恐怖も覚えない。ただ恐ろしいのは、正体不明の悪意、そのものなのだ。
僕はそれ以来、近所を通る人間を半ば睨みつけるように観察した。いってきます、と誰も居ない家に向かって、声高に挨拶をする。家を出る時も、入る時も、決まって言うことにしていた。老婆がなにか懐かしそうな顔をして僕を見る。残念ながら僕は彼女をも心の底から全力で疑う。郵便配達ではないバイクが家の前に止まっている。玄関で家の前の明かりをつけて、靴を履く。靴を履いている僕の影がドアの隙間からぼんやりと漏れる。バイクがアイドリングを止めてエンジン音が遠ざかる。僕は走り出て左右を見、手にはカメラを構えている。ここ数ヶ月ずっとそんな感じなんだ。
最初のころは家から離れるのが怖かった。家から少し離れたのコンビニへ、自転車で行くことすら恐ろしかった。僕が家から離れている少しの間に、侵入者が入り込もうとするかもしれない。運悪く帰った僕が鉢合わせてしまうかもしれない。見つかって、逆上して、殺されるかもしれない。死んでしまうかもしれない。問題は、そこから先が予測できないことなんだ。寧ろ、そこで死んでしまった方が、簡素で無責任で楽かもしれない。僕は尋常じゃないほど脅えていたし、相反して尋常じゃないほどの好奇心に気圧されていた。
僕が人の目や顔色を窺ったり、人の顔を呆然と眺めて観察するのは、そういう簡素で取りとめのないことが積み重なって僕を構築するからだ。そのことに同等の理解は求めない。同等の経験も必要ない。でも、必要なものばかり集めていたら、とても質素なものになってしまったんだ。今だってほら、冷え切った指先に気付いて暖めてくれる人なんて何処にも居ないだろ?そういうことだよ。もっと単純なこと。寂しいのは、僕だ。
必要ないものに必要なのは、それを見て僕が何を嗤い、何を創るかということ。
# by haccax | 2006-11-02 19:22 | 飴缶(文)