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ACT2:しろい息

いくつかの交差点を人ごみに埋もれながらも信号が青のうちに渡った。
駅の前の広場には特に目的もないような顔をした中年の男女がたむろしていて、それぞれ携帯と睨めっこしていたり、煙草を買いに立ち上がったり、忙しなくブランド物の腕時計をチラ見している。
その広場の隅の方で、酔っ払いが警官に、ひたすらに何か話しかけている。
覚醒剤がどうとか、麻薬所持がどうとか騒いでいますけれどねえ、ただそれだけで頭がトチ狂ってるとか、気違いとか言うのは間違ってますぜ。
警官はそれを「ハイ、ハイ、そうですねえ」と、気だるそうに聞き流している。
酔っ払いはまだ言い足りないらしく、止まらず流暢に一方的に喋り続ける。
だいたいねえ、トリシマリと警察は声高にダラダラと薄っぺらい書類を引き出しから引っ張り出しているお前さんたちの方が気がどうにかなってんじゃないかねえ。
警官は、ハイハイと相槌を打ちながら項垂れ、何度も頭を、いかにも重そうに持ち上げていた。血色の悪い浅黒い顔に二つの血走った目玉がギョロリと埋まっていて、上唇と鼻の間の裂け目が更にサルのような顔立ちに見せている。
相槌しか打たない警官の反応に酔いが醒めたのか、それじゃあ、と言ってニイッと下品に笑って、ザリザリとペンキ塗れの作業服を引きずりながら慌ただしい駅の改札口に消えていった。
警官は何も無かったような顔をして、そして何か思い出したように胸ポケットに手を突っ込み煙草の箱を取り出し、中から当たり前のように一本つまみ口に咥え、右手でそれを覆い隠すようにライターで火を灯すと、満足気に肺を膨らませて白い大きな溜息を吐く。僕は、微風がそれを流し去るのを待ってから酸素を吸い込む。
交番のオフィスに戻った警官は、回転イスをくるりとまわし、煙草の灰が山盛りになったガラスの灰皿に、もう随分と短くなった煙草を右手に挟んで伸ばしてゆき、トントンと灰を落としてから灰皿に押し付け潰す。
すると見計らったように低い声が無線機から聞こえ、「また、酔っ払いだそうだよ」と苦い顔をして、少し嘲るような笑いかたをしてヘルメットをかぶり、白と黒のバイクのセンタースタンドを蹴り上げて飛んでいった。
by haccax | 2004-11-05 22:59 | (紙飛行機と僕)


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