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ジターバグ

あめだまをほおばって、ぼくは少しだけないてみる。
くもは、少しずつあるいていく。
いつかだきしめられるように。
少したりともみえないように。

とけいは止まらないから、ぼくは少しずつおいていく。
そらは、少しずつはなしていく。
いつかわすれてしまうように。
少したりともこぼさないように。

ぼくは、少しだけとんでみる。
あめだまが、ぼくからこぼれおちた。
そらは、はなそうとした。
くもが、そらをおよいだ。

「ゆめがつれてきたよ」

ぼくは、つぶやいた。
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by haccax | 2006-04-27 06:55 | 飴玉(短編)

かごめ、かごめ

つまらないなら笑えばいいのに、と

いとも簡単に笑った唇が

とても優しそうに僕に笑いかけて

たのしそうに嘘をついた


笑顔をつくろうと動かした頬が

力無くゆるんで歪んだ唇に

とても優しそうに僕に笑いかけて

たのしそうに嘘をついた
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by haccax | 2006-04-25 12:06 | 飴玉(短編)

模範生徒

「クソくだんねーよ」
大隈ヨーコがとうとう言い放った。
数週間も前に借りてきた本を数十分で読みきった彼女は、たった数秒前には手に汗まで掻きながら握り締めていた世界を宙に放った。
そもそも大隈ヨーコという人物が図書館まで出歩くこと自体が珍しい怪奇現象そのものであり、たった一冊の本を借りるためだけに一言も文句を言わずしかも何十分も待たされて図書館カードを作り、母親が毎朝丁寧に仕上げる弁当まで抜いてまで読むほどの集中力を発したのは、彼女の短い人生のなかでも初めてのことだった。

*

「愛してるよ」「わたしも、愛してる」
なんて臭いコトバを無言で印刷するプリンターがあって、グラビア雑誌を横から覗いている男子中学生がいて、立ち読みもといタダ読みでニヤけているオヤジの横を邪魔くさそうに眉間をしかめて弁当を探るOLが居る、そんなこの世の中。
いくら成績が良いからってイジメられない訳でもなく、目も当てられないほど不細工だからってバイオリンが弾けない訳でもない。要するに、目で見えるものには限界があって、そしてそこには先入観も混ざって脳に伝わり物事を理解して飲み込んでいくんだ。
そんな下らない屁理屈を、ある晴れた昼下がりにタイピングしながら、僕はおおきな欠伸をした。
「スイマセーン」
怒鳴り声と共に、インターホンが何度目か鳴る。
大声でいい加減に返事をして受話器をとると、「このクソ暑いなかお疲れさんです」と声をかけたくなるくらい、新人社員と思われる青年が多分汗だくでハキハキとマニュアル通りオシャベリを始める。
半ば冬並みに冷えきった部屋で、手に取ったポップコーンの袋と格闘しつつ、適当に「はあ、そうですか」とか生ぬるい返事をする。
「えーと、今入会されると、生ビール一箱もれなく差し上げます、ということになってます」
適度なところでオシャベリが途切れ、応答を求めるような、呼吸音を確かめるような沈黙が生まれる。
「いま、親、家にいないんで」
中途半端に区切ると、受話器の向こう側から挨拶もなく足音が遠ざかる。
ま、いつものことだよね。
付けっぱなしにしているテレビから垂れ流される簡素な笑い声が、一人ぼっちのただっ広い家の空気を紛らわす。シワだらけになったポップコーンの袋を諦めてベランダを見やると、入道雲の白と真っ青な空のコントラストが、薄暗い部屋に慣れた目を刺激して眉をしかめる。
冷え切ったフローリングを裸足で歩き回りながら、カウンターに乗っかったハサミで袋の封を切る。と、たちまちポップコーンの香ばしいにおいが充満する。右手を袋に突っ込み、「この先に未知の世界が繋がってたら面白いのに」などと妄想しながら摘んだポップコーンを口の中に放り込む。
ラジカセとテレビが不協和音を奏でる中、僕はまたよく回る回転椅子に座り込み、のっぺらぼうのディスプレイに向かってタイピングを続けた。
ほぼ一秒ごとに小さな窓が画面に浮き出てきて、どこかの誰かが話しかけてくる。
「こんにちは、元気?」
と挨拶がてら話しかけてくる人はまだ礼儀正しいほうで、「何歳?」「どこ住み?」としょっぱなから訊いてくる人も居る。
といっても、文字同士の会話だから、声の代わりに電子音が僕に知らせて、僕がそれに応える。そうやって会話は成り立っている。
会話の窓を閉じてしまえば、そこで会話は終了。簡素で、かつ便利なインスタント会話。
僕はもう一度大きな伸びをした。疲労や怠惰が音を立てて崩れる気がした。ディスプレイを賑わせている会話も、賞味期限切れで、主を失って、崩れた。

*

午後九時半。
「おかえり」
だらけたジャージ姿に似合わず玄関から聞こえたドアの音にすばやく反応して、僕は声を張り上げる。多分、父だろう。いつものように返事もなく靴を踏みながら玄関をあがってくる音が廊下に響く。居間から狭く薄暗い廊下を覗くと、玄関の自動ランプに照らされた人影が歩いてくる。玄関と居間までの廊下には仕切るように薄いドアがあって、その中央には波打ったガラスがはめ込まれている。風呂場の透明なドアと同じ構造で、向こう側がゆがんで見えない。その所為で、向こう側の人間も、こちら側からも、お互いがぼやけてよく見えない。
無言でドアを開ける父を背にして、僕はテレビの前でバラエティー番組を見ていたフリをして、今さっき夕食を食べ終えたというフリをする。一瞬、探るような視線を背中に感じ、空気が緊張する。僕は何気なく昼間のセールスの青年を思い出す。まだ彼のほうが人間臭かったし、それなりの対応力があったかもしれない。
焦点の定まっていない瞳に気付いて、テレビに視線を戻す。背後の父はやはり無言で、背広をハンガーにかけている。いつもそうしているから、いちいち見て確認しなくても分かる。
「メシ、」
とだけ言ってから、父がスーパーの袋から弁当をいくつか取り出す。十数年一緒に生活しているはずだけれど、父は僕の食べ物の好みすら知らない。だから、いつも父はコンビニ並の品揃えで、手当たり次第、という言葉がピッタリなくらいバラエティー豊かな弁当を買ってくる。僕はいつも、ミートソースのスパゲティとピンク色の漬物が入っている弁当を選ぶのだけど、父はそれさえ知らない。知ろうとしないのか何なのかは、僕には分からない。
「いただきます。」
誰も返事をしないテーブルで、乱雑に巻かれたラップをはがして、キレイに割れなかった割りバシで、冷たい白飯を四角く切って口の中に放り込んだ。

*

母は昨晩も夜遅くに帰ってきたらしい。まだ少し汗臭いスーツがリビングの襖に引っ掛けてある。そのくせ母はいつも通り早朝に起きて、家族みんなの弁当を作っている。
窓の外はまだ夜明け前の紺がぐずっている。
「おはよ」
「あ、おはよう」
フライパンと電子レンジをたくみに使いながら、母が返す。まだ顔も洗っていないのか、眠そうな目にくしゃくしゃの髪でテキパキと動いている。
僕は、雨上がりのような湿気を含んだ空気をゆらしながらテーブルについた。ベーコンが油を飛ばしながら焼かれる音と、活動を始めたらしいカラスの声と母の鼻歌が混じって、僕は、ほうっとする。一日の中でその時間だけが特別で、贅沢で、真空パックにでも閉じておきたくなるほど気分が落ち着く。
タイマー通りにラジオの電源がついて、パーソナリティの陽気な声がフェードインする。手持ち無沙汰にテレビのリモコンを手にとってチャンネルを回していく。
「今日は夕方から雨だから、折りたたみ持っていきなさいね」
天気予報を見るまでもなく、フライパンをゆすりながら母が言う。
寝室から、まだ寝ている父が寝返りを打つ音がする。
僕は制服に着替え、テレビで時刻を確かめ、サンドイッチをほおばり、「傘持ったのね」と母に念を押され、いってきますと廊下に叫んで家を飛び出した。

*

その華奢な白い腕にこれっぽちも似合わない真っ黒いリストパンドを右手で押さえながら、大隈ヨーコは電車のドアに寄りかかった。

制服だけが取り柄だった高校に入学して、彼女のちっぽけな夢はそこで終わってしまった。
というのも、塗りたてのワックスがてかてかしている体育館に閉じ込められた新入生の九割強が、彼女と同じような髪型をし、彼女と同じような口癖があり、彼女と全く同じ理由で入学してきたのだ。
何百人という自分のクローンに取り囲まれて、大隈ヨーコは眩暈を覚えた。
もちろん新入生たちは大隈ヨーコなどという個人名は全く知らず、また大隈ヨーコも新入生の一人も知りはしなかった。ただ皆が同じような雑誌を読み、同じような情報網も持ち、同じような趣向というだけのことなのだけど、大隈ヨーコはカルチャーショックを受けた外国人のように死に物狂いで違いを見出そうとし、更に墓穴を掘り、仕舞いには自分から違いを作り出してしまった。当然、同じ種族から卒業してしまった彼女は、そのまま突っ走り、そのうち付き合いで構う子も陰口を叩く子さえも振り切ってしまった。
気付いたときには、時既に遅し。
大隈ヨーコは大隈ヨーコ自身でしかなかったけれど、彼女を包む世界はたちまち表情を変えてしまったのである。
ま、そういう時もあるよね。
色を抜きすぎて枝毛だらけになったロングヘアーを指先に絡ませて、電車のドア窓に映る自分自身に呟いてみる。唇が水分を失って醜く乾いていた。ブレザーのポケットに手を突っ込むと空を掴む。リップ、買わなきゃな。そんなことを数秒で忘れる軽い脳に記憶させて、電車を降りた。

*

場違いなアップテンポの電子音が何日かぶりに鳴り響く。
僕は小刻みに震えをつづける携帯を手に取ると、物々しいシルバーアクセサリがぶつかってジャラリと鈍い音をたてる。
着信かと思って開くとメールが届いていて、ついでに「着信あり 11件」と表示されていた。メールの方は最近流行っているチェーンメールというやつで、「ストーカーに追われています、助けてください」などという人の良心を弄ぶふざけた迷惑メールだった。着信の方は、すべて非通知。しかもほぼ一分おきに掛けてきている。さすがに少し薄気味悪くなって電源を切る。道ばたに転がっていた空き缶を蹴り飛ばすと、すこし気分がやわらいだ。
それにしても滑稽だった。
僕には暇つぶしにメールを送るようなメル友なんて居なかったし、暇つぶしに愚痴をきかせるような相手も居なかったからだ。
興味本位でメールの送信元を調べると、どこの誰でも取得できるフリーメールアドレスだった。
ま、誰かのイタズラだろ。
そう思い込むことにした。明日また着たら気にすればいいことだから。
ぐう、と腹が鳴って、空腹を満たすための食物を乞う。
小腹がすいていたことすら忘れて食べ逃した朝食を悔やみながら、マンションの螺旋階段を下りる。
二、三台しか停まっていない無人駐車場を抜けて、土手の階段をのぼる。しばらく川沿いを歩くと、陸橋の下についた。テントをはれるくらいの岸に出た僕は、川の水が遠くから見た感じよりもはるかに汚いことに気づかされる。パンクした自転車やらバイク、電子レンジのような物まで流れ着いていた。新品当初の姿はもうすでに跡形もなく、所々さびた銀の骨を申し訳なさそうに露出している。まるで放置された死体の山だった。
ふとスニーカーの上からくすぐるものを感じて足元を見やると、数匹、くすんだ色のカニがバランスよく横歩きで横断していた。改めてあたりを見渡すと、岸のいたるところに小さな穴があって、僕の足上を通り過ぎたカニはそのひとつの闇に吸い込まれていった。
遠くで小学校の始業チャイムが鳴る。腕時計を見やると、もう九時前だった。
僕は岸の小さな住人たちを踏まないように気をつけながら、土手を降りた。

*

人通りの多い道に出た。人気の少ないところだと道に迷うからと、居酒屋のオバちゃんが教えてくれた場所に約一時間強かけて辿り着いた。それはそれで良いのだけれど、無理をして履いた新品のミュールのせいで両足の踵を火が出そうなくらい痛めてしまった。辺りを見渡すと黒とか茶の頭ばかりしか見えず、思わず大きなため息をつく。
ガムがいたるところに粘着しているガードレールに注意深く腰かけると、少し足の負担が減った。
いったい全体ここはどこなんだろう。
そんなことを呑気に、せかせかと歩いていく人の顔を眺めながら考えてみる。道を訊こうと思えば人はそこらじゅうにウジャウジャ居たけれど、誰もがMP3やらのイヤホンで耳を塞いでいて、気が引けた。
気まぐれにケータイを開いてみる。
運悪くバッテリー切れらしく、ただ化粧の濃い顔を黒い液晶画面に映すだけである。
諦めてパタンとたたむと、背後から声がした。
「あれ、ヨーコちゃん?」と、明るい男の声。
「ヨーコちゃんだよね?オースミ、ヨーコ」
男が人の良い笑顔をふりまきつつ訊き直す。
「ええ、そうですけど」
「だよね。良かったよーこんな人ごみのなかで出会えるなんて奇跡だよ、奇跡」
「すごい人ですね」
「ホントびっくり。運命かもしんない」
「ですね」
女みたいに話す男だな、と思った。
「そーだ。おなか減ってない?ソフトドリンクくらい奢るよ」
「あ、賛成」
日替わりランチくらい奢れよケチ、などと内心毒づきながら、ゼブラの横断歩道を渡った。
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by haccax | 2006-04-25 11:50 | (模範生徒)