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眠れない夜(訪れない朝)

こんなに静かな夜に限って
僕はどうしても、眠れない
眠れない夜に限って
僕の周りには、誰もいない

そういえば、あの日だって
僕の周りには、誰もいなかった
しんとして、時折遠くで電車が通り過ぎる音がして
誰の声も聞こえない静かな夜
クラヴィノーヴァの冷たい鍵盤の上に伏す

僕は翌朝、ニュースにも報道されずに
ただの数値として処理され、加算される(だろう)
かあさんは目玉焼きを焦がし
いもうとは牛乳をこぼし
とうさんは電車に乗り遅れる

君が知るのはいつだった(だろう)か
三日後か
数時間後か
何年か過ぎた後か
それともずっと知らずに過ごすの(だろう)か

僕は残酷にも天や地獄にも逝かず
ただぱったりと生きることをやめて
意識も言語も光や音という感覚も失い
腐敗して風化する(だろう)
蔑むことも崇めることも
全て言語としての意味をなさない

僕の所為?(誰の所為?)

僕は無責任だ
遺書でも書いたら気は紛れた(だろうか)
ああ、遺書でも残してしまったら
僕が(代わりに)死ねばいいのに?
そしたら(殺した奴は)二度殺される(だろう)
要はそんなことじゃない

もし僕が、今日いなくなっていても
それを知る人は、今日を生きている
いなくなった僕は、いなくなった今日を知らない
それを知る人は、いなくなった僕の昨日を知らない

僕がいなくなった(はずの)日
君は何の不安もなくベッドで横たわり
心地よい寝息をたてて眠っていた(だろう)
僕がちいさく音を立てても
君は気付くこともなく眠り続けた(だろう)

だから、僕は安心して、

いなくなった(はずだ)

その日

君が何の夢を見ていたか
僕は知らない(だろう)
楽しい夢か、恐ろしい悪夢か
そもそも夢など見ていなかったのか
どんなことでもいい
僕は知らない(だろう)
知らないまま、僕は、今生きている

僕(と君)は、それを、君(と僕)のその日を、知った

いなくなった(はずの)僕は
いなくなった僕の昨日を知っている
いなくなった(はずの)僕は
いなくなった僕のその日を知った
いなくなった(はずの)僕は
上手にいなくな(れなか)った代償に
君を抱きしめること(しか)出来ない
その拳は僕に向けて
そのナイフは僕が受け止めて
だから(だけど)、やめて
君(だけ)はいなくならないで

ごめんなさい
上手く(いなくなれ)なくて、ごめんなさい
上手に(生きることが)出来なくて、ごめんなさい


所詮は下らない一匹の醜い生物おろかものの知恵(ひとつおぼえ)
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by haccax | 2007-06-04 03:10 | 飴缶(文)

置手紙

お久しぶりです、皆さん
もうそろそろ、桜も散り始める頃ですが
お元気でしょうか
僕は、元気です

この記録を始めてから
今年の夏で何年目になるのかな
もう随分昔のことだから
とうの昔に忘れてしまった
長い間留守にしていたけれど
この家の玄関先には雑草一つ見当たらない

僕は月並みに高校を卒業して
月並みに大学へ進学した
月並みに友達も出来て
月並みに忙しくなって
月並みの毎日を送っています
悪くないかなって、思う
けど、やっぱり昔と似た空気を吸うこともあるんだ
そういうときの空気ってさ
瓶に詰めて置いておきたいくらい、切なくて
とても心地いいんだ

中学の時の僕は、本当に閉じこもって
外面のいい優等生だった
教師に媚びを売ることもなく
説教喰らうこともなく
陰口叩かれることもなく
いつも校庭の緑色のネットの、向こう側の
ビルの遠い林を呆然と眺めてた
目立たないように息を潜めながら
省かれないように声を張り上げて
どこか冷めた目しながら、炭酸水啜ってた
高校生になれば何か変わるって、
適当なこと考えながら保健室行って
適当に温度計を弄って三十七度突破させて
誰も居ない路地裏とか、通って帰った
食べ残してた弁当のおかずとか
道端の、黄色い眼をした黒猫にあげて
カバンを椅子にして座り込んでた、な

高校生の時の僕は、凄く不安定で
丁度そのときに、この隠れ家を作った
最初の夏休みが、僕は消えかけた最初の日
真夜中にピアノの上に白い粒を広げて
何度か寝室を往復してから涙が止まらなくて
うるさいサイレンの音でぼんやり、頭が起きて
担架の上なのか、視界が凄く揺れていた
直ぐ隣に点滴用の透明なパックが吊るされていて
水色のカーテンの向こうで白い人が動いてた
白いシーツがあって
右腕から点滴が外れてしまって溢れた僕の血があった
気付いたら青い顔した女の人が駆けつけて
何人か集まったと思ったら、映像が乱れて
また気付いた時には、母がおつりを財布にしまっているところだった
何度も思い出したブツ切りの記憶
夏休みが明けると僕は、
何事もなかったかのように学校へ行き
宿題を提出し、電車に揺られて帰った
誰一人として
「僕が居るということ」に違和感というものを微塵も感じずに
いつもと変わらない日々が過ぎる
いつもと変わらない位置に、教室に、出席番号に、あの席に、僕が居て
彼らの脳内で、僕は平凡に生きている

卒業した僕は、
まだ、ここを卒業出来ないでいるみたいだ
そんなに悲観することはない、
誰だって落ち込むことはある、とか
そんな前向きな言葉が欲しい訳じゃない
俯いているからって前を向かなきゃならない訳もない
じゃあ、なんなんだって
お前は何が言いたいんだって
人は僕を、天邪鬼とか、ヒネクレとか、ヘソ曲がりとか
言うかもしれないけど
そんなナマエなんて、僕には、関係ない
誰か僕を優しいとか冷たいとか、言おうが
僕は、僕を、僕以外の何者にも思えない
ただ、誰かの幸福なお話と記憶に埋もれていくなかの僕は
恐らく誰かが改札を抜けたその時に、空虚に笑い
恐らく誰かが手を打って笑ったその時に、深呼吸をする
僕はその度にそのシーンを記憶して
忘れないようにこのファイルに綴じるんだ

長い間、留守にしていて、ごめん

僕は 帰ってきたよ。
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by haccax | 2007-04-08 00:25 | 飴缶(文)

侵入者

僕は冷たくなった指を握って手のひらで暖めながら、ジャケットを着て外へ出る。
去年家を引っ越した僕の家族は、近所の人が通れば頭を下げて挨拶をした。もう引っ越してから一年が経つから、当然のことなんだ。つい四ヶ月前に初めて自分の新しい家を目の当たりにした僕は、未だに隣家の住人の名前も知らないし、顔や姿かたち、年齢や性別まで一切分からない。ドアを出た二歩先は、もう未知の世界だった。
いってきます、と玄関に言い捨ててドアを閉めると鍵を掛けた。後ろを折りたたみ自転車に乗った小柄な男が咥え煙草で通り過ぎる。アイツかもしれない。一瞬で顔が強張り、神経を眼に集中させて一直線にその男の特徴をつかもうとする。その行為はもう既に僕の中で習慣化され、反射的に、無意識のうちにするようになっていた。
真新しい新築の僕の家の窓が、数週間前に割られた。幸い、窓の構造が複雑であったため、叩き割れずに二、三度叩いたあと侵入を諦めたようだった。僕は第一発見者だった。警察は僕の事情聴取をしたがっていたけれど、日中は学校だったので出来なかった。窓はカーテンで隠れていたのだけれど、セロハンテープを貼ったような不自然な線を見つけて近寄って調べてみたのが始まりだった。その日、三者面談で家を出たのが十時、帰ってきたのが十二時だった。たった二時間の間に、何者かが僕の家の窓によじ上り、金属製のもので叩き割ろうとしたのだ。窓の数箇所に、黒い墨のような指紋が残っていた。警察はその指紋を取って帰っていったようだけれど、それから音沙汰無い。唯一分かったのは、手形の指の間隔からすると、侵入者は小柄な人間だった(と推測される)、ということだけだった。左隣の住人は犯行時に家に居て、物音を聞いたという。右隣の住人は以前(といっても数十年前)に空き巣に入られたという。父と母は三日間くらい騒いで、仕事の話しかしなくなった。本当は、僕は、そんなことはどうでもよかった。
その日から僕は極端に眠れなくなった。不眠症に陥った。眠気がしない、というより、眠ってしまうことすら恐ろしかった。物音がすればすぐに飛び起き、玄関の明かりをつけ、家中の窓の鍵が閉まっているか、その度に繰り返し確認して回った。横になって瞼を閉じて、眠ろうとすればするほど、音に敏感になって眠れなかった。もっとも、初日は出刃包丁二刀を目の前に据えて、金属バットを抱きしめ、暗闇の中じっとして、物音がするたびに家中を何度も、忍び足で音を立てないように歩いて回った。僕が何よりも恐ろしかったのは、正体の不透明さだった。得体の知れない侵入者は、何日も前から僕のことや、僕の家族こと、近所のこと、または僕が思いつく事以上のことを把握して、記憶して、息を潜めて、機会を狙っていたのだろう。彼(若しくは彼女)が残していった爪痕は、それだけで無防備な僕に凄まじい衝撃を与えた。財産が、命が、惜しいんじゃない。金目のものならそこらじゅうに転がっているし、盗られて困るものなどそこらじゅうに散らばっている。そんなことに、僕は何の恐怖も覚えない。ただ恐ろしいのは、正体不明の悪意、そのものなのだ。
僕はそれ以来、近所を通る人間を半ば睨みつけるように観察した。いってきます、と誰も居ない家に向かって、声高に挨拶をする。家を出る時も、入る時も、決まって言うことにしていた。老婆がなにか懐かしそうな顔をして僕を見る。残念ながら僕は彼女をも心の底から全力で疑う。郵便配達ではないバイクが家の前に止まっている。玄関で家の前の明かりをつけて、靴を履く。靴を履いている僕の影がドアの隙間からぼんやりと漏れる。バイクがアイドリングを止めてエンジン音が遠ざかる。僕は走り出て左右を見、手にはカメラを構えている。ここ数ヶ月ずっとそんな感じなんだ。
最初のころは家から離れるのが怖かった。家から少し離れたのコンビニへ、自転車で行くことすら恐ろしかった。僕が家から離れている少しの間に、侵入者が入り込もうとするかもしれない。運悪く帰った僕が鉢合わせてしまうかもしれない。見つかって、逆上して、殺されるかもしれない。死んでしまうかもしれない。問題は、そこから先が予測できないことなんだ。寧ろ、そこで死んでしまった方が、簡素で無責任で楽かもしれない。僕は尋常じゃないほど脅えていたし、相反して尋常じゃないほどの好奇心に気圧されていた。
僕が人の目や顔色を窺ったり、人の顔を呆然と眺めて観察するのは、そういう簡素で取りとめのないことが積み重なって僕を構築するからだ。そのことに同等の理解は求めない。同等の経験も必要ない。でも、必要なものばかり集めていたら、とても質素なものになってしまったんだ。今だってほら、冷え切った指先に気付いて暖めてくれる人なんて何処にも居ないだろ?そういうことだよ。もっと単純なこと。寂しいのは、僕だ。
必要ないものに必要なのは、それを見て僕が何を嗤い、何を創るかということ。
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by haccax | 2006-11-02 19:22 | 飴缶(文)

解析

私の中の僕というものを書いていこうと思う。僕というものは以前、名前のないただ漠然としたものだった。次第にその何かが意思を持って、ものではない蠢く無数の微生物になり、或る出来事をきっかけに突然そのアウトラインをくっきり現した。その出来事が私の初めての「背信」であり、またその何者かへの「憧れ」や「羨望」であった。
私は病んでいた。半ば植物状態であった。感覚は完全に麻痺し、医者には典型的なパラノイアと診断された。寧ろ医者を受け入れるようなスペースさえ持ち合わせていなかった。私の中で芽生え、黒黒しい感情を糧に伸びていった生き物は、やがて私を内部から侵食し、喰らった暗黒の内でぎらぎらと鈍く眼を輝かせて息衝いた。
夏の其れも盆を過ぎた猛暑も終わりを告げる頃、その「背信」がゆっくりと首を擡げた。私は未だ其れを抑制させる力を多少なりとも残していたが、後々逆に其れが私自身の足をも引っ張ってゆく事さえ予測出来なかった。随分と昔から私の中に潜むその「背信」という名の僕、つまり私の分身は、闇の中で唯ひたすらに掘り下げていたのかも知れない。いや、然うなのだろう。私の中ですくすくと比重が大きくなるにつれて、黒黒しい感情をも拡散させ転移させていったに違いない。謂わば癌のようなものなのだ。私は既に私としての機能を果たし切れていなかった。
夏期休暇が私の中の悪魔若しくは私そのものに機会を与えたのであろう。高校に入学した年の夏のことであった。私は死んだ。
現代の死に対する意識は寧ろmemento moriの領域にすら達さず俗的な生暖かなポジティブしか掬い取れない。既にその眼さえ直視しようとせず、通俗に倣い厭らしい顔をして除害しようとする。冷ややかな侮蔑の視軸だけが白い壁やコンクリートを嘗めまわすのである。然れども私の死に対する異常なまでの執着は並並ならぬ一種異端とも呼ぶべき想いに駆られるのだ。或る人は狂人、廃人と罵ったりしたけれど、結局は辿り着く慰めさえも全一致で私を卑下するのであった。
死前の用意は存外にものの数分で済んでしまい、然し何かに於いて手を掛けるとしたら果てし無く膨大で一生を懸けても無謀な気がしてきて一向に進む気配どころか退くことも出来ないのであった。
さて私は、遺書を書く迄に至った。数日前に用意していた物は未だ書きかけであったので、私は改めて書き正そうと思い立った。否、思い立った直後ものの数十分で書き終えてしまった。書き残すことも言い残すことも何も持ち合わせていなかったからだ。然して有難うや申し訳ありません等と謙遜する必然性の微塵すら感じられなかったので、結局消しゴムと時間を少々浪費するのみであった。
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by haccax | 2006-10-30 17:43 | 飴缶(文)

pink flier

悲劇のヒロイン
そう自称しては湿っぽく笑う女の子がいた
同じクラスだったけれど
あまり興味が無かった

彼女は自分のことを下の名前で呼んでいたし
彼女のトリマキも同様、下の名前で呼んでいた
母親のことはママといいよく口にして
大抵は昨日見たドラマの話だった
同じクラスだったけれど
僕は苗字すら覚えていない

隣の席だったから、煩くて
テスト中は、カンニングされて
休み時間には井戸端会議
僕は面白くなって観察した

月曜日と水曜日はやけに浮かれていて
金曜日には居眠りをしたあと早退して
火曜日と木曜日は大抵、保健室にいる
土日はその週によって違うようだけど
必ず決まって金曜日には
次の週の予定が決まっているようで
ピンク色の手帳を見せびらかし
ピンク色の毛がついたペンを振り回していた

ある水曜日、彼女が話しかけてきたから
僕は、まったく分からない、という顔をした
しばらく唸ってから教室を出て行って
しばらく経ってから携帯を折りたたみながら入ってきた
彼女が僕にとってピンク色のイキモノにしか見えないのと同様
彼女にとっても僕は一通のメール程度にしか過ぎないのかもしれない

次の日の木曜日、彼女は落ち着きなく貧乏ゆすりをしていた
それに気付いてしまった僕は気が散ってしまったから
やめてくれる、と一言小さい声で言った
彼女は、一体全体わけがわからない、といった顔をしてから
細い眉をウサギのように動かして、瞬く間に表情をころころ変える
自分自身で貧乏ゆすりに気付いていなかったようだったから
僕がゆっくりと警戒を解くと
迷いもなく僕の目の前に携帯を突き出して、今度はすまなそうな顔をした

「母朝帰り、夕飯キッチン、祖父危篤」

一行の簡素なメールだった
一瞬、胸の中に同情とは違った何かがざわついた
ただしそれは一瞬の杞憂にすぎず
これ何て読むの、と彼女が聞いて僕はどっと疲れてしまった
読み方や意味を丁寧に教えるととびきり嬉しそうな顔をしたから
僕はもう、そんなことはどうでも良くなってきたんだ

次の年の金曜日だった
僕はいつからか始まったいつものように
月曜日から金曜日までのっぺらく生きていた
イヤホンで外の世界と切断してしまった電車の中で
僕の視界に入った
ふらりと真っ黒な塊がざわざわと一斉に動いて
ドアが開くと同時に、空気が外に流れ出すのと同じように
何気なく見ていた僕は
吸い込まれそうになって息を吐く
黒の集団のなかに、ピンクのハイヒールを見つけた
少し伸びた長くて真っ直ぐな蜜色の髪を、背中に躍らせて
少し眠そうな目をこすり、でも嬉しそうな顔をしていた

そんな金曜日の昼下がり。
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by haccax | 2006-07-14 16:02 | 飴缶(文)

第三者的視点

解かったような顔をして、
僕の頭を撫でる人がいた。

それはまだ記憶に新しくて、
放っておけば埋もれてしまいそうなくらい、
どうでも良いことだったのかもしれない。

男は、
笑みを浮かべていた。
のっぺりとしている顔全体の筋肉が、
だらしなく歪んで、
笑みを作っていた。

男は、
いつもよくわからない風に笑った。
その顔は、
笑っているのか泣いているのか、
僕にはよくわからなかったから。

男は、
知ったふうに僕に話しかけた。
下らないだとかつまらないと、
よく口にしていた。

女は、
いつも泣いていた。
だから、
いつも懐には新しいハンカチがあった。

女は、
ヒステリックに何かを叫んでいた。
あまり聞き取れなかったけれど、
死にたいとか殺してやると、
カミソリを片手に座り込んでいた。

女は、
左手首を隠していた。
それは女にとっての誇りだったそうだけれど、
誰もが口を揃えて異常だといったから。

男は、
いつも問いかけるような口調だった。
単なる興味本位の範囲はとうに超えていて、
自分の知らないことを他人が知っていると、
途端に静かになった。

女は、
地球全体が嫌いだった。
この世が無くなってしまえばいいのに と、
何度も目を見開いて口にした。

男は、
豊かな人間になりたかった。
他人よりも勝っていると思いたかったから、
知らないことでも知っているふりをした。

女は、
地球に存在したくなかった。
産まれたくなかったと何度も後悔して、
母親を泣かせた。

女は、
いつも濡れた目で僕を見た。
可哀想だとか良くわかると頷きながら、
頑張ってねと宛ても無い言葉を吐いた。

男は、
僕の代わりに死んでやると言った。
勿体無いだとか自分に言い聞かせるように、
眺めては被害妄想に明け暮れた。

僕は、
つまらなそうに下らない言葉を並べた。
偉そうな評論家は下らないと呟いて、
有名な宗教家は破廉恥だと叫んで、
頭の悪そうな女は意味不明に笑って、
頭の良さそうな眼鏡男は鼻で笑う。

僕は、
つまらなくて下らなくて鍵盤を叩いた。
偉そうな評論家は傷だらけだと嘲り、
有名な宗教家は宗教曲を歌い始め、
頭の悪そうな女は意味不明に騒いで、
頭の良さそうな眼鏡男は舌打ちする。

要するに、
要するものなどなくて、
つまるところ、
つまらないものなどなくて、
最終的には、
事の始まりで、
結局、
まとまらない。
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by haccax | 2006-01-18 08:33 | 飴缶(文)

堕落論

ディスプレイのむこうの女が笑う。
ニタアって効果音が似合いそうなくらい、怪談話の口裂け女っぽく笑う。
僕はそれを、視界にまつげが邪魔するほど半目で見てるわけだけれど。

友人が弁当の時に、僕がしまい忘れたノートに落書きしたサイトのアドレス。
URLバーに入力した結果が、これ。
ディスプレイのむこうの女。
黄色と赤の文字が、エンドレスで高速反転してちかちか光る。
あからさまに目に悪そうなバナー。
あからさまに頭の悪そうな宣伝文句。
プラスチック・ルアーに釣られるブラック・バス。

電車にゆられながら腹にパンチを食らった彼の、カバンに隠された週刊誌。
本屋で中年男性が立ち読みしているような週刊誌。
土手にちょうど半分ずつページを開きながら雨に濡れてパリパリになった週刊誌。
大人向けの。
オトナムケノ。

数人がギャアギャア騒いで、本気でK-1の真似事を始める。真後ろの婦人の眉がつりあがる。
やめろよお、と説得力のない声を吐きながら鋭いアッパーカットを食らわせる。
迷惑そうな顔を一度向けて携帯画面に目を戻す、編みタイツの若い女性の無言。
全身黒スーツを着て、しっかりムースで固められた七三分けの、上司と部下のビジネス会話。
化粧と香水の臭いがきついおばさん団体の、雑誌で読んだような世間話。
世の中スタックしているなあ、と澄まし顔でシェイクスピアでカバーした楽譜の音階を読んでいる僕。
黒いランドセルを背負った小学生は、長方形の窓のそとの風景に流されて、目が泳ぐ。

誰かが汗を流して埋め固めたコンクリートを、だるそうにスニーカーの踵をこすって歩く。
笑えないわけじゃないし、泣けないわけじゃない。
これといって不自由はないし、かといって自由なわけでもない。
見極めようとしたいのなら、勝手に、気が済むまですればいい。
誰ひとり、構いやしない。

文字一つの意味さえマトモに知らない脳みそが、どれだけシャッフルしたって黒い点の集まり。
言葉ひとつで全てが崩れてひとつが産まれ、
言葉ひとつに全てを賭けてひとつに対抗し、
多分そうやって人間も生きている。
推測で、生きている。
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by haccax | 2005-10-14 06:22 | 飴缶(文)

フロム、ベッド、トゥー、トレイン。

携帯の電子音。
僕のピアノの音。
超高速の「ネコ踏んじゃった」が、エンドレス。
煩くて、でも止めたらまた寝てしまうから、仕方なく身を起こした。
二段ベッドのハシゴを、寝ぼけながら降りる。
よく滑って落ちないなあ、なんて、ちょっぴり自分で感動する。

僕んちはマンションだから、廊下が狭い。
だから、よれよれ酔っ払いみたいに歩いてると、洗面所とかトイレとかのドアにぶつかる。
ぶつかりながら、前進。

十歩くらい歩くと、リビング。
晴れてれば日の光がメチャクチャ眩しい。目、閉じてても瞼が透けて入ってくるし。
でも、いまは梅雨だから、空はあいにくの曇り。
僕の寝起きの口の中みたいにシットリネットリしてる。

リビングから左折すれば、タンスとパソコンとオモチャ。
妹の散らかしたまんまのレゴのブロックが裸足の裏に刺さったり、パソコンやら無線機のパーツに引っかかって転んだりするから、用心して通らなきゃいけない。

気付いたら僕はリビングに戻っている。
右手には、一口かじってあるミニ・ピーナッツパンを持って。
しかもバッチリ、制服を着てる。全部チャックもボタンも閉めてある。完璧に。
それから、タンスと丁度向かい合う位置にあるテレビをつける。
チャンネルは、1chでないとダメ。NHKじゃないといけない。
目覚ましもダメ。おはよう日本でないといけない。
おねえさんとおじさんが、交互にニュースを伝えていく。
大きな背景のディスプレイが印象的。外を見なくても、今日の天気がわかるから。
ほかは何も、見てるようで、見てない。
きょうは傘もっていきなさいよ、って、思い出したように母さんが言う。
画面の右上に表示されてる時間をみて、僕は動く。

トイレに行こうと立ち上がる。
で、思い出す。のどが渇いてたってのを。
舌と歯と唇が、接着剤でくっついたみたいになってる。
口の中にミニ・ピーナッツパンの残りを放り込む。
で、ムシャムシャしながら、台所へと這っていく。
洗われたばかりのマグカップを手にとって、冷蔵庫のうえから二番目を開けて、氷をカップですくって、ヤカンを傾けてお茶を注ぐ。氷が、パキパキ心地よい音をして、清々しく爽やかに割れる。それを一気に飲み干して、溶けてヒトツにくっついた氷を排水溝に捨てた。
ゴトン、と音がして、黒いおっきなくちが、白い塊をのみこんだ。

NHKのおねえさんを見る。
なんか、今日は、気合はいってないみたい。痩せてるし背高いからなんでも似合うんだけど。
また、鳴りだす。
僕のヘタクソな「ネコ踏んじゃった」が、うるさい。
母さんが、ホラ何してんの早く行くよ遅刻するよ、っていう。
なにをいってるんだろう。少し可笑しくなる。遅刻するわけ、ないじゃん。
僕、いちばんに学校につくもの。

母さんに、駅まで車で送ってもらう。
いつもいつも、自転車でいきなさいよ、って母さんはいうけど、毎朝送ってくれる。
多分、相当な心配性なんだと思う。 ギア付きのごっつい泥んこチャリなら持ってる。
車をおりて改札通って、ホームで電車を待つ。
いつも待ってる場所には、二つ結びのジョシコーセーが立ってる。たまに。
僕、そいつニガテ。だってチラチラ見てくるんだ。髪の毛さわってるし。ニガテ。
スカートは、太ももあたり。太ってるわけじゃないから、別に見苦しくはない。でも、見たくはないのに視界に入るのが、更にイヤ。いつも、僕の目の前の座席に座って、ソックタッチで靴下ひっぱって、真正面むいて、そのまんまの姿勢で寝る。だから、何見てるんだよって思って顔見ると、寝てる。
そのときの顔といったら、とても、間抜け。

一駅すぎたところで、そいつ、席を移動する。ひとつ左の列に。
最初からそっちに並んで乗って座ってればいいのに。
ときどき聴こえる、喋ってるときの声が、あまりにあの間抜けな顔と合致しなくてまた可笑しい。
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by haccax | 2005-10-10 10:36 | 飴缶(文)

モーニング・グレイス

ああ、まただ
気付かない間に
右上腕に青紫の痕

人目に触れるのを
出来るだけ避けた
背を向けて
鏡に映してみれば
肩甲骨の黒い点
すこし色を濃くして
消えかけた幾つかの痣が
肌の色に溶けていた

目が醒めれば
世界は横たわっている
しばらく止まって
瞼をゆっくり閉じる
息をしずかに吐きだして
電池の切れた時計に目をやり
左手首を隠すように巻かれた腕時計を
すこしだけ緩めてから
ほんのすこし痛みが走った右腕をかかえる

カーペットをつま先で歩き
軋む床の位置をおもいだして避けて通り
窓に囲まれたバルコニーを見下ろし
窓から二本の日焼けしない脚をなげだして
雨につまさきを濡らし
非常階段をおりてきた猫に挨拶する

身震いをして飛び散った水滴は
不健康なガーデンに落ちていって
ベッドの軋む音がリビングに響いて
僕は身を翻してソファに横たわる

しずかな優しい朝
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by haccax | 2005-10-10 08:48 | 飴缶(文)

DELETE

本当に消えたいのなら
本当に何も考えなければいいんだよ
僕のいう言葉さえも理解できないような
一歩ごとに踏み潰される蟻になればいい
「消えたい」なんて
ヒステリックに叫ぶなよ
蠢いてる貪欲なイキモノを見て反吐が出る

手に持った剃刀で
どうするっていうの
誰かに見てもらいたいのか
可哀想だと憐れんでほしいのか

手に持ったカタカナの錠剤は
ただの気休め薬
信じ込んで飲んでればいい
ほんの一瞬の現実逃避
目が醒めれば副作用

戻ってきたくなくたって
お医者様と看護婦さんが
善意でお迎えにくるさ

死んだって
データに残るだろ

お望みどおり
「消えた」ことにはなんねえんだよ

産まれたその時点から
記録は始まってんだ
「それなら産まれなきゃよかった」なんて
母さんに失礼どころか
僕らに選択権なんかあるわけがないんだから

生きるのに必死で
殺虫剤のにおいのなか散々飛び続けて
終いにはバスルームで
ルームシューズ片手の母さんに
叩き潰されたハエの気持ちも思ってみろよ
ハエにゃそんなもん考える脳も余裕もねえだろ

そんな糞下らないことを考えられるような
相当ヒマしてる脳に
感謝するべきじゃないの
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by haccax | 2005-09-17 07:40 | 飴缶(文)