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二○○四年十二月二十九日

八月の自殺未遂から、数日が経った。
僕は、何週間ぶりかに学校へ行った。
前に僕がいたスペースを埋めるように、ほかの誰かが座っていた。
でもそれも数日で、すぐ僕はその役に戻った。
夏休み明けということもあって、ガタガタ忙しかった。
いろんな先生のところへ、課題の提出に走った。
それが何日か続いて終わると、担任に呼び出された。
適当に書いた評論文が、高校一年生でただ一人入賞したと。
これは内密に、と忠告された。
家に帰って母に話すと、とても嬉しそうにしていた。
嬉しそうに父に話していた。
父はパソコンのディスプレイを見ながらキーを打っていた。
多分、母の話なんか聞いちゃいなかった。
三日ぐらい経った日に、校内放送で作文コンクールの受賞者を発表していた。
高校生の部。
僕の名前も読み上げられた。
クラスの全員が僕を見て拍手した。
僕は上手に笑って応えた。
最優秀賞は三年生だった。
最優秀賞の人の作文が読み上げられた。
擬音語ばかりで、途中から聞き飽きて寝た。
放送が終わると休み時間のチャイムが鳴った。
僕の周りに人だかりが出来る。
評論文をカバンから出すと、見る間にひったくられる。
教壇から、担任が手招きしている。
席を立って一言断ってから担任の前に行く。
評論文で良い作品がなかったこと。
その中でみつけた僕の作品が、一番まとまっていて読みやすかったということ。
よく調べていて感心した、と校長も言っていたということ。
ひそひそと話す担任に礼をして、ありがとうございます、と言う。
担任が嬉しそうな顔をして、教室を出て行く。
僕の机にはまだ人の塊ができている。
教室を出ると隣のクラスの顔見知りに何度も声をかけられる。
困ったように笑いながら、ありがとう、と答えて歩く。
廊下の突き当たったところにある重いドアが、きいきい鳴きながら開く。
僕はこの音が好きだ。
外は相変わらず雲で覆われていて、でも雨は降らないそうだ。
水飲み場の、生ぬるい水道水が顔にあたる。
しばらくそうしたままの姿勢で停止する。
鼻と顎から、何度も何度もおおきな水滴がこぼれる。
予鈴のチャイムが小さく聞こえる。
右腕の袖で拭って、小走りで教室に戻る。
起立、礼。

帰りは五、六人で帰る。
電車の中で、長期の休みはどうしたのかと訊かれる。
ただの風邪だと話すと、ホントに弱いなと少し笑われる。
すかさず僕はテレビの話を振る。
昨日つけて一分程度で消したテレビの話。
すぐさま話題がテレビに転換する。
僕は安堵する。

家に帰ってパソコンの電源を入れる。
起動画面で止まったパソコンに、パスワードを入れてやる。
エンター、起動。
僕はまた安堵する。
メッセがつくと、数人から珍しくメッセージがきた。
内容は覚えていない。
ただ時間だけが過ぎて、父が帰ってきて、いつもどおり慌てて電源を切った。

「死ぬな」
なんども繰り返されたその言葉に、ほとほと厭きれてきた十二月。
自殺理由?
今度はよく覚えていない。

十二月二十九日、二回目の自殺未遂。
前回の自殺未遂によって、母があらゆる薬を処分してしまったらしい。
キッチンの戸棚にも収納椅子にも入っていない。
でも僕は持っていた。
母に気付かせない為に、包装はすべて捨てていた。
残ったのは単体のみ。
白と緑のカプセルや、真っ白で真ん中に区切れの線が刻まれている白い錠剤など。
世間的には親子喧嘩と呼ばれるヤツだった。
僕の日常が起こった。
前と同じ時刻。
数分過ぎた。
パソコンは既に電源を切っている。
いまさら付ける気も起こらない。
携帯は行方不明。
家の電話からかけて探す気も起こらない。
ざらざらした手触りのサブバッグを開く。
無造作に詰め込まれた薬。
クズか。
確かに僕はクズだ。
声に出していわれるまで気付かなかった。
何度も連呼された。
母の声はもう聞こえなくなっていた。
出来損ないなのですか、と問うと、そうだと答えられた。
結婚記念品ですか、と問うと、少し間があいた。
いちいちクズに返事するのも面倒くさいらしい。
僕はすっかり冷えてしまった。
眠くもないのにベッドで横になった。
寝静まったころ、僕は動いた。
キッチンでコップに氷を入れて水道水を注ぐ。
足が絡まって倒れそうになりながら歩く。
自室に戻ってベッドに倒れる。
くちに冷えた水を含む。
横に顔をむけたままだったので、くちの端から水がこぼれる。
何種類か混ざった薬を何度かわけて飲む。
前のように震えはない。
一連の動作に慣れた。
一度だけで。
翌朝は昼過ぎに起きた。
胃が空洞のようだ。
空洞を抱えながら起き上がる。
途端、激しい腹痛で突っ伏する。
頭痛が揺れる。
ベッドから這いずり出る。
部屋の電気をつける。
僕のスイッチも入れる。
どうやら正月は田舎へ行くらしい。
僕を抜かす家族全員が、慌しく準備をしている。
あんたも準備しなさい、と言われる。
中型のスーツケースを部屋から引きずり出す。
何度か洋服棚と自室を往復して、服を詰め込み終わる。
昼飯、と呼ばれ食卓に向かう。
ミートソースのスパゲティに馬鹿みたいな量のパルメザンを振りかけて食べる。
胃に詰め込み終わると、先ほどの空洞感は少し収まる。
自室に戻る。
吐き気。
繰り返す。
母が顔面蒼白でトイレの前、僕の後ろに立っている。
あんた、またやったの!
金きり声で話す。
そのうちどこかへ行って戻ってきて、塩水を飲まされる。
指をつっこんで無理やり吐く。
スパゲティが勿体ない。
胃に詰め込んだばかりなのに。
吐くものがなくなってもまだ吐き続ける。
そろそろ飛行機に乗るために家を出るらしい。
タクシーが来るまでベッドで倒れる。
気がつくと数十分経っていて、タクシーに乗るために立ち上がる。
立ちくらみ。
眩暈。
空港へ向かうタクシーの中でもまた吐きそうになる。
吐くものがないってのに。
我慢して一度しか吐かずにいると、意識が遠のく。
空港に着くと、母が案内センターのようなところで何か話している。
しばらく待っていると、案内人が車椅子を持ってくる。
僕は毛布だの何だのに埋もれながら、車椅子で移動。
水分を取ると、随分楽になる。
飛行機に乗り込む。
イヤホンを耳につけて、邦楽を垂れ流しながら眠る。
プツプツ途切れる意識のなかで、食事が何度か運ばれる。
牛がいいか、豚がいいか。
サラダがいいか、ポテトがいいか。
何度か吐き気。
飛行機が目的地の空港につく。
だいぶ具合に慣れてきた。
また車椅子が用意されている。驚く。
空港の内科病院に案内される。
診察。
筋肉注射。
点滴。
一時間程度横になっててください、と言われる。
うすい水色のカーテンや、少し汚れた白の天井を眺める。
時々ナースさんが点滴のパックの減り具合確認や、パック取替えにやってくる。
パックから一滴一滴おちる水の粒をみた。
僕はこれによって生かされる。
一滴一滴、ポトリポトリ。心拍数のようなリズムで落ちていく。
パックの残量が少なくなってくる。
ナースさんが取り外す。
針を抜く。
かなり長い時間抑えていた。
前のように、大量に血はあふれなかった。
ナースさんがパックを片付けおわり、がらがらと移動させる。
僕が吸収した、空っぽのパックを見送る。
病院の外に出ると、前に来たときよりも空港のイメージが変わっていた。
母の実家にいくと、従兄弟がいた。
何よりも変わったのは、その従兄弟だった。
茶髪のソレは猫背になりながら、テレビでK-1を見ている。
同い年の彼は、聞いた所によるとボクシング部に入部しているらしい。
彼の妹が、お兄ちゃんテレビ消して消してと、しきりに連呼している。
僕は、美味しいですねこれ、と彼の母に向かって笑顔で答えながらご飯をほおばる。
夜になると、腹痛が再発した。
内科の先生にもらった薬を飲む。
テレビからは、カウントダウンの声が聞こえる。
僕の新年、こんな感じでした。
我が家に帰る。
トイレの電気が付けっぱなしだった。
毛布もたくさん絡まって落ちていたりした。
またか。
またやるなんて本当にクズだな。
父が言った。
しくじったと思った。
生き返ってこなければいいのに。
どうして生きてしまっているんだろう。
戻ってこなければいいのに。

十二月二十九日、二回目の自殺未遂。
詳細おわり。
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by haccax | 2005-06-08 19:38 | (EMPTY)

二○○四年八月二十五日

痛い子、書きます。
俗に呼ばれる鬱病。
僕は多分、鬱病患者に分類される。
心のビョウキ?なにそれ。
保健の教科書で読むようなものだと思っていた。
自殺なんてバカバカしい。
一般論。
軽々しい考え。
知りもしないで。
定義して。

八月二十五日、一回目の自殺未遂。
風邪のような症状で一週間学校を休む。
総合病院の内科で診察。
初診だったので、待ち時間に一枚の短いアンケートをもらう。
何も考えずにチェックしていく。
3分程度で書き終わった。
看護婦さんに渡す。
名前を呼ばれる。
診察。
「心のビョウキですね」
保健の教科書のアレか、と思い浮かぶ。
考えすぎが祟ったか。
内科の先生が、家の近くの心療内科宛ての案内状を書く。
案内状のハガキをもらう。
胃痛の薬の処方箋をもらう。
次の日にその心療内科に行く。
初診でまた待たされる。
そしてまたアンケートを一枚もらう。
メンタル的なことだったので回答に時間がかかる。
書き終わって名前を呼ばれる。
先生に紙を渡す。
家族構成、学校の状況、睡眠時間などを話す。
父親のことは話さなかった。
睡眠促進剤みたいなものを処方される。
鬱病の人の日記に薬の種類が書いてあったのを思い出す。
家に帰る。
さっそく調べて効果効能を脳にインプットする。
父親が帰ってきたのでパソコンを再起動ボタンを押してから
電源を入れるボタンを押して落としてディスプレイの電源も瞬時に切る。
食事の机を片付け始める。
飯を炊いていないじゃないかと怒られる。
謝る。
プラスしてあらゆることを責められる。
ともかくも謝る。
そのときに気に障るようなことを言ったらしい。
父が台所から出てくる。
腹部を蹴られる。
ここぞとばかり伸ばした爪で父親の頬を引っ掻きかえす。
血が出る。
よく覚えていないけれど沢山殴られる。
羽交い絞めにされる。
鼻血が止まらない。
右手の親指の感覚がない。
涙と鼻水と鼻血が混ざる。
よくわけのわからない言葉をとりあえず叫ぶ。
携帯を握り締めて両親の広い寝室に駆け込む。
ドアに鍵を掛けてプラスチックの重い収納箱を倒しておく。
携帯で母に電話をかける。
僕の息遣いがおかしかったので母が心配する。
母も半ばパニックに陥り、そこで電話を掛けたことに後悔する。
早く帰ってくるから、と何度も連呼される。
うしろで電車の発車ベルが聞こえる。
電話が切れる。
電話を切った。
近くにあったティッシュを引き裂いて両鼻につっこむ。
右手の親指はミニ冷蔵庫からアイスノンを取り出して冷やす。
目の焦点が定まらない。
ベッドに正座したまま頭を倒して前屈。
身震いが止まらない。
寒くもないのに歯がガチガチ言っている。
カンコン響く母のハイヒールの音。妹の声。
玄関のドアに鍵が差し込まれる音。
引きこもった部屋に飛び込んでくる母。
物凄い形相。
しきりにどうしたのどうしたの何があったのと訊いてくる。
うまく口が動かない。
喋れない。
母がその形相のまま父に怒鳴りちらす。
妹の泣き叫ぶ声。
部屋に妹が駆け込んでくる。
背中をさすってくる。
背中にしがみついてくる。
頭をベッドにつけたまま横目で妹を宥める。
母が物凄い形相のまま帰ってくる。
おびただしい数の赤いティッシュを片付け始める。
母がオキシドールに浸したティッシュを鼻につっこむ。
右手を差し出す。
指もうまく動かない。
親指が特に動かない。
母がタウンページを持ってきて電話をかける。
もしもし、緊急なんですけれども。
病院に電話しているらしい。
大袈裟な母。
父親は多分優雅にパソコンに逃避していることだろう。
歯軋りする。
動かない身体をムリヤリ動かして車に乗る。
照明が全部けされて暗い小さな病院につく。
眠そうな若い医師が出てくる。
部屋に案内される。
X線写真を撮られる。
すぐ現像される。
右手の親指は捻挫しているらしい。
湿布貼った上から包帯で何度も巻かれる。
病院を出る。
家に戻る。
寝た。
夜中じゅう父と母が言い争っていた。
それも静まったあとの夜中起きた。
父が消し忘れたパソコンでメッセをつける。
ネットゲームを夜通しやっている人ぐらいしか見当たらない。
自分の名前のうしろに 死にます、と付け加えてみる。
期待はずれだった。
本当にがっかりした。
暗い家の中で病院でもらってきた薬を探す。
もらった薬を全部銀の容器から出す。
お茶をマグカップになみなみついでくる。
猫が鳴く。
両親の寝室にいく。
家族三人がひとつのベッドで寝ている。
母は眉間にしわがよったまま寝ている。
妹は汗をやたらと掻いたまま寝ている。
父は白い壁に顔を向けているのでよく見えない。
いびきだけは煩い。
自室に戻る。
また猫が鳴く。
ネットの友達3人に携帯からワンコする。
電源を切る。
自宅の電話がけたたましく鳴る。
受話器を一瞬上げて落とす。
切れる。
深呼吸。
マグカップのお茶を口に含む。
飲んでしまう。
また口に含む。
薬を放る。
飲み込む。
しばらく座ったまま猫をなでる。
手足が痺れてくる。
起きたら救急車のなか。
うるさい。
点滴。
そのあとの意識はない。
ご飯のときに手足と歯が震えてまともに食べれなかった。
食べ物の味がしなかった。
自律神経失調症だと母は言った。
寒くないのに寒気がした。
久しぶりに学校へ行った。
どうしたのとか心配したよとかクラスメートや教師に笑顔で訊かれた。
困ったような笑顔に、困ったような笑顔で返して適当な嘘をついておいた。
しばらく点滴の針の跡は右手首から消えなかった。
おおきな青痣ができた。
長袖で隠して歩いた。
そのうちに傷は消えた。
食べ物の味もにおいもした。
震えもなくなった。
僕は戻ってきたんだ、と思った。

八月二十五日、一回目の自殺未遂。
詳細おわり。
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by haccax | 2005-06-06 18:54 | (EMPTY)

行動パターン(1)

アルバムを眺めるように、携帯の着信履歴を眺める。
僕は何がしたいのだろうか、と考えてみる。
ただ拘束していたいだけだろう、と思う。
自分という檻の中に閉じ込めておかなければ、不安なんだ。
朝起きれば、いつのまにか檻の鍵は壊れている。
そして中身はもぬけの殻なんだ。
捕まえよう、と身をおこすにも、あまりに頭痛が激しくて倒れこむ。
携帯はバッテリー切れの、ただのプラスチックの塊のようだ。
だから、どうということはない。
携帯は充電しておいて、自分もそのままの状態で充電するだけだ。
咎めるものはいない。もしも咎められたとしても、ハイハイと頷くだけだろう。
あまり、「執着」というものは、ない。
服も黒であれば大抵着るし、静かであれば何でも好む。
植物を眺めているのも好きだし、読書も、昼下がりのガラ空きの電車に揺られるのも好きだ。
しかし、「執着心」というものは、話し方や好みタイプの話題にまで影響を及ぼすらしい。
僕には、よく分からない世界の話だ。
ぶらり立ち寄る駅前百貨店でも、本屋や服屋をカップルでうろついたりする意図は理解できない。
お前のセンスおかしいよ、と友人に笑われる。
そもそも僕の中のセンスとは、独自の文化であり、僕の世界を形作る設計図でもある。
僕の見える世界はおかしくない。寧ろ、僕は周りの世界がおかしく見えてしまうんだ。
携帯は「充電中」のしるしに、ずっと頭を赤く光らせている。
それはまるで赤信号のようで、そして僕はじっと待機していなければいけない。
いくら長い信号であっても、隣の親父のように怒鳴ってはいけない。
怒鳴っても信号は変わらないからだ。
どんなに車が通っていなくても、先ほど走って通り過ぎた男のように無視してはいけない。
終わりない白と黒のゼブラ模様の上でのた打ち回り、そのうち車に轢かれるか何かするからだ。
ずいぶんと長い間立ち続けていても、斜め前の女性のように泣いていてはいけない。
そのうち涙が枯れるか、その空虚な心に気付くかして、泣いても誰も助けてくれないことや
世界は妥協してくれないことを知ってしまうからだ。
僕には意地や根性などない。急ぐ理由も、とりわけ無いのである。
特に泣くこともない。他人のために泣くのはお行儀のよい子を演じるときだけであるし、
自分のために泣くなんてことはもっての他である。
執着の無さとは、なんとシンプルで質素で空虚なものなんだろう。
それは僕の世界に対する鏡映しのようなものなんだ。
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by haccax | 2005-02-27 00:13 | (EMPTY)

murmur

悪いのは、僕だ。
不機嫌にさせてしまったのは、僕の責任なんだ。
もうそろそろ子守りにも飽きてきたらしい。
表情はわからない。
ただ、会話だけがすれ違う。
僕の話したことばの後の、この少しの空白が嫌いだ。
少しも身動きできないくせに全身に鳥肌がたち、身震いをしてしまう。
そしてスクリーンごしに大きなため息を聞いて、スクリーンごしに思うんだ。
ああ、もう、終わりなのだと。
ただの、ふざけたゲームのひとつにしか過ぎなかったのだ。
それでもいい。もはや僕はもう、なんでもいい。
ゲームオーバーならば10数えるうちにコンティニューすればいいだけのこと。
イメージの中以外の僕は、要らない。必要ない。
作られた僕が、造られた笑顔で、僕を笑う。嘲笑う。
瞳の中の光がすうっと抜けていく感覚がわかる。
もう、いい。
僕の代わりは沢山いるんだから。
それでいい、あなたがそれで満足なら、僕はもう、それでいい。
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by haccax | 2005-02-26 23:40 | (EMPTY)

MORNING.

目が覚めると、ヒーターが金切り声を出しながら温風を吹いていて、
自分自身のぬくもりが包み込むベッドに、僕が一人だけ居る。
家族は、買い物だろうか。リビングへ行っても、置手紙なんてものは無い、と思う。
まあ、いつものことだから特に気にしない。
メールを送る気にも、電話をかける気もしない。どうせ、直ぐ帰ってくる。
圧殺寸前の毛布を撥ね退けて、片方の手首を反対の手で掴み、軽く伸びをする。
眠気はまだ、どんよりと両足に絡みつく。
重い瞼を冷えた手で拭い、それから妙にがさついた足ざわりの悪いカーペットを
さらに凍ったように冷たい足で、ざくざく踏み均す。
もう長年の感覚で、目を閉じたままでも部屋の移動ができる。
しばらく歩くと、床がカーペットからフローリングに変わる。キッチンだ。
3歩踏み出して右を向き、両手で冷たい冷蔵庫を確認し、一番下を開ける。
途端に、漏れた冷気が足先を冷やす。
凍えないうちに2リットルのペットボトルを間違えずに取り出し、冷蔵庫は右足で蹴って閉める。
ペットボトルの蓋を軽くまわすと、プシュッと爽快な音を立てて二酸化炭素が逃げていく。
そのままボトルのふちに口をつけ、ラッパ飲みする。
冷えたサイダーは、シュワシュワ言いながらまだエンジンのかかってない僕の脳をシェイクしてる。
すこしだけ飲んで、口許を拭い、僕の退屈な一日が始まる。
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by haccax | 2005-01-10 23:26 | (EMPTY)

スコール

分かるはずもないだろ?

俺は冷たい瓶の奥底で、
ずっと冷たい膝を抱えて座っていて。
机の上にはサランラップに包まれた冷凍食品があって。
じっとガラス越しに見つめてる。

たまに通りかかった女が、
街角のショーウィンドウでも見るように眺めていっては
厭きれた子供がぬいぐるみを放り出すように立ち去ってゆく。

スーツケースを引きずって歩いてくるスーツの男は、
能面みたいな顔の一部、目だけをぐるりと動かして
冷たい好奇心をちらりと見せつけてから過ぎてゆく。

真っ黒い服に身を包んだ黒髪の長い少女は、
黒い爪でガラス瓶を引っ掻いて虚ろな眼を向けてしゃがむ。
瓶には指でなぞって何か描いてあったけれど、
裏から見る俺には文字か絵かすらも検討がつかない。

顔を蒼白にしてエプロンをつけたまま走り過ぎようとした母親は、
操り人形の糸が切れたかのように瞬間で頭をこちらに向けた。
涙を枯らした瞳は、兎のように真っ赤に充血させていた。
チェックのスカートからのぞく膝小僧は震え、擦り切れていたが、また走り過ぎてゆく。

また、誰かが瓶のくちから叫んでいる。
空から降ってくる言葉は、雨のように俺を撃ち抜いてゆく。
顔を上げても、黒い、どろっとした影しか見えない。
赤い口から吐かれる、灰色のことばの雨。


「綺麗なままで、死ねればいいな」

誰かが、呟いていった。
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by haccax | 2004-12-12 18:03 | (EMPTY)

無気力シンドローム

僕がここまで無気力になったのは、今日がはじめてなんかじゃない。
それについて僕自身どうも思わないし、どうにかしようとも思わない。
パターン化されたような、そんな単純なものではないことは確かだけれど。

男が必死にこいでいる自転車の後ろに女が背中合わせにチャリで二人乗りしていて
僕の前をゆらゆら不安定に通り過ぎていった時に、ふと女と顔が合ったとしても。
頬の筋肉は、まったく動こうとしない。

バス停で泣き腫らした瞼を伏せて、ちらちらと揺れるクリスマスのイルミネーションも
眩しく並ぶ街灯もライトアップされた街路樹も、涙で滲みボケてしまう女と目が合ったとしても。
目を伏せ、対向車線側の洒落たブティックのショーウィンドウを眺めるふりをするだけ。

両手を生暖かいポケットに、視線は斜め前へ。
口許は黒いマフラーで隠し、通学カバンは背中を何度もノックする。

懐炉は分厚いコートの中で炎のように熱を放ち、血の気が失せた青白い指先を溶かしている。

だから、どうということはない。
根拠もなければ、結論もない。

ただ過ぎていくのだと、思う。
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by haccax | 2004-12-09 17:56 | (EMPTY)

夢の人

まだ、カーテンの隙間からは夜の気配が漂っていた。
僕は誰かの咽る声で起きた。叩き起こされた。
獣が唸るような声が、僕のすぐ隣で聞こえた。
重く圧し掛かるようにして被さっている毛布を退けて、ベッドからのそりと立ち上がる。
眠気は僕の周りに纏わりついて、足元さえも覚束無い。
長くて冷たいフローリングの廊下を、時折、婆ちゃんが送ってきた蜜柑の箱に足を躓かせながら
すっかり暗闇の中に沈んでしまったキッチンへと向かう。
そうだ、今日はとても不思議な夢を見たんだ...

タクシーが衝突したり、大型トラックがクラクションを鳴らしたり、バイクが派手に横転したり、臨港バスが
排気ガスを噴き出す音がして、眉を顰めて耳鳴りが反響する頭を抱え、顔を上げた。
そこはグレイの空を抱えた、ちょうど昼頃の渋谷だった。
僕の目の前の信号が青に変わって、周りの人形が一斉に号令がかかったように行列を作り動き出す。
その中をタクシーが平気で列を跳ね飛ばす勢いで突っ込んでいく。
僕はその流れの中で立ち止まって、「チッ邪魔くせえんだよガキ」「歩きなさいよ」「退けよバカ野郎」などと、
顔も見ずに通り過ぎる人形の眼を見つめて、やり過ごす。

俯くと、僕の黒いパーカーより更に深い黒が、スニーカーの周りに絡み付いていた。
僕が一歩足を踏み出すと、その黒い影は一歩前に波紋のように広がっていく。
みるみるうちにゼブラの横断歩道が黒に染まる。
木偶のぼうを飲み込んでいく真っ黒な波は、横断歩道の向こう岸へと届いた。
向こう岸には、僕のように流れの中で佇んでいる女の人が、居た。
髪も衣服も輪郭も、消しゴムで消されたように灰色にぼやけ、霞んで見えない。
彼女はしきりに何かを叫んでいる。
けれど唇が縦や横に艶かしく動いているだけで、音は全く聞こえない。
僕が指先を伸ばすと、たちまち黒い波紋は広がって、真っ黒な渦になる。
そして、ついに彼女を飲み込んだ。
途端に空の色に似た、女を造った色に似たグレイの煙が巻きついて、僕は幾度も咽た。
煙は先刻の彼女の姿を造り、黒と混ざっていった。
僕は何度も何度も、血を吐くまで咽た。
咽ながら、何かを叫んでいた。
その赤とグレイと黒の奇妙な色と、咳き込む音と、叫び声の余りの煩さで、僕の脳は起こされたんだ。

女が誰なのかは分からないけれど、「僕は貴方を知っていた」。
何を叫んでいたかは知らないけれど、「僕はそれを聞いていた」。
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by haccax | 2004-11-25 18:27 | (EMPTY)

からっぽ。

そっ と
それは 分からないくらいに あまりにも 自然に
ディスプレイの上を なめらかに滑った指は
ひやりとした皮も 細い骨も 触ることなく
つるつると ホコリを積もらせただけ。

打ちかけのメールは 挨拶だけで 先が続かず。
馬鹿でかいパソコンの スイッチを入れてやっても、
無意味に 起動して 主人を捜している。

電子レンジは相変わらず 500Wで唸っているし、
ヒーターは 吐き出し口を デブ猫の背中が止めている。

去年と何が変わっただろうか、と 思い出そうとしても、
幼いころの写真に埋もれたアルバムには お茶のしみが出来て、
透明のビニール袋に入った写真には 曇天の下で上手に笑う僕が居て、
何か変わったかと言われれば そんな気がして、
何も変わらないかと言われれば そんな気もする。
多分、そんなもんなんだ と、思う。

祖父が、たまに 僕が産まれたのが 昨日や 一昨日の話のようだと言う時がある。
僕は、そんなの薄気味悪くなるだけだ。
きっと何十年も昔のことの 時間の経過の区別もつかないまま こうやって過ぎていくんだ。
そのうち 病院のベッドで 植物状態になって それでも僕は、きっと
産まれたのが昨日や一昨日のことだ なんて言って 必死に筋肉を動かし 笑うんだろう。

僕は、産み落とされたまま
そこから立ち上がることもせずに、
仰向けに 太陽を見て 月を見て 白塗りの天井を見て 花柄のカーテンを見て、
死んでいくんだろう と、思う。

なにも変わらないままに。
なにも変えることもせずに。
なにも変えることもできず。

人のこころの隅っこに しがみついているのだろう。
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by haccax | 2004-11-17 20:07 | (EMPTY)

人間不信

グランドのフェンスの網目から
ヒトの醜さを 垣間見た

ニンゲン フシン

気色悪い 二足歩行の哺乳類が歩いてくる
気色の悪い
黄色い脚
黄ばんだ歯
緩んだ筋肉

キモチの悪い、気味の悪い ...

猿人のような声をたて 地団太を踏み
砂時計のように崩れてく地面に植えつけられ
貪欲に 根を伸ばしているんだ

深く 深く

分厚く 幾重にも重なった皮を剥ぎ
喰われてゆくように
朽ち果て腐ってゆくように

それでいて 浅はかに

ハルニラの樹が揺れるよりは 小さく
小鳥がせわしく囀るよりは 幾分おおきく
とまらない太鼓を 鳴らしつづけ
千切れちぎれになった細い黒髪は 乱れ
二つの丸い眼を 泳がせているんだ

醜く それでいて 愛しい イキモノ
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by haccax | 2004-11-14 23:15 | (EMPTY)