カテゴリ:(紙飛行機と僕)( 2 )

ACT 01:おりがみ姫

僕はその本を手にして一通り店内を無意味にぐるぐる歩き回った。
それから、さっきまで熱い視線を投げかけていた――今はレジで忙しげに無表情品物を袋に詰めている――若い女の店員の前に並んだ。
「お待ちのお客様は、こちらへどうぞ」
隣のレジの、店長らしい男が言った。
若いレジの女は一瞬、うやうやしい視線を投げつけてから、何くわぬ顔をして「レシート要りますか?」と笑顔で接客に戻った。
「ありがとうございましたあ」
ごく普通の機械的な言葉を、ごく普通に無視して、コンビニを出た。

街路地にぽつんと取り残されたように突っ立っているバス停の方へと少し歩いてから、アパートを見上げてみた。でも、幾らマンションの妙に清潔感を漂わす銀色に目を走らせても先ほどの白い女は見えず、密かに何かを期待していた自分に呆れた。
僕はそのまま暫く、項垂れ、ひび割れたベンチに腰掛けてぼうっとしていた。
そして、ふと、先ほど買った本のことをようやく思い出して、薄っぺらい辞書のような紙質のページをめくった。しかし、それから2秒と経たないうちにバスが来た。
年寄りのひとりふたりしか乗っていないバスは妙に静かで、僕が二百十円を投げ込むと更に静かになった気がした。
右の窓側の座席に座ると、不意に、ずん、と重くのしかかる何かを感じた。そのうちに、その感覚が脳みそから肩、足に伝わって、瞼が重くなる。また、乗り過ごしてしまう。抵抗して必死に目を開けようとしていると、焦点が合わなくなり、プツリプツリ途切れ途切れの記憶のなかで停留所のアナウンスを聞く。運転手の「ウイ、次停まりまあす」という間延びしたやる気の無い怠惰な声を。
まだ着くには、早すぎる。
ついに目を閉じたまま、でも意識は確かに持ちながら眠った。

何度となく眠っては起きて、を繰り返した。そして、バス停がまだ遠く着く気配が全くないのと同じに、まだ脳にずっしりと下がる、暗くて重い何かがこびりついて離れない。
それは銀ピカの馬鹿でかいピアスのように、僕の脳に垂れ下がっている。やがて、それを通しているぽっかりと開いた穴から、声にならない嘔吐となって逆流した食物が逆襲にくるんだ。
僕は夢との狭間で、虚ろな瞳をブランコのように揺らし、外を見ていた。段々とアパートが近くなる。途端に、カチリと眠気が覚める。
膨らみすぎた風船につめこまれた空気が抜けるみたいにバスが停車すると、僕は青信号のノロマのワゴン車のように動き出す。
そして深呼吸し、篭った二酸化炭素を吐きだして、その代わりに降りたばかりのバスから吐かれた出来立ての排気ガスを吸う。
一瞬、つと肺が呼吸するのを止めると同時に眩暈がした。
僕はキッとして唇を真一文字に結び、眉を寄せ、グレイの空を俯きがちにやや早足でゼブラを踏みしめた。

(つづく)

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by haccax | 2004-11-11 14:32 | (紙飛行機と僕)

ACT2:しろい息

いくつかの交差点を人ごみに埋もれながらも信号が青のうちに渡った。
駅の前の広場には特に目的もないような顔をした中年の男女がたむろしていて、それぞれ携帯と睨めっこしていたり、煙草を買いに立ち上がったり、忙しなくブランド物の腕時計をチラ見している。
その広場の隅の方で、酔っ払いが警官に、ひたすらに何か話しかけている。
覚醒剤がどうとか、麻薬所持がどうとか騒いでいますけれどねえ、ただそれだけで頭がトチ狂ってるとか、気違いとか言うのは間違ってますぜ。
警官はそれを「ハイ、ハイ、そうですねえ」と、気だるそうに聞き流している。
酔っ払いはまだ言い足りないらしく、止まらず流暢に一方的に喋り続ける。
だいたいねえ、トリシマリと警察は声高にダラダラと薄っぺらい書類を引き出しから引っ張り出しているお前さんたちの方が気がどうにかなってんじゃないかねえ。
警官は、ハイハイと相槌を打ちながら項垂れ、何度も頭を、いかにも重そうに持ち上げていた。血色の悪い浅黒い顔に二つの血走った目玉がギョロリと埋まっていて、上唇と鼻の間の裂け目が更にサルのような顔立ちに見せている。
相槌しか打たない警官の反応に酔いが醒めたのか、それじゃあ、と言ってニイッと下品に笑って、ザリザリとペンキ塗れの作業服を引きずりながら慌ただしい駅の改札口に消えていった。
警官は何も無かったような顔をして、そして何か思い出したように胸ポケットに手を突っ込み煙草の箱を取り出し、中から当たり前のように一本つまみ口に咥え、右手でそれを覆い隠すようにライターで火を灯すと、満足気に肺を膨らませて白い大きな溜息を吐く。僕は、微風がそれを流し去るのを待ってから酸素を吸い込む。
交番のオフィスに戻った警官は、回転イスをくるりとまわし、煙草の灰が山盛りになったガラスの灰皿に、もう随分と短くなった煙草を右手に挟んで伸ばしてゆき、トントンと灰を落としてから灰皿に押し付け潰す。
すると見計らったように低い声が無線機から聞こえ、「また、酔っ払いだそうだよ」と苦い顔をして、少し嘲るような笑いかたをしてヘルメットをかぶり、白と黒のバイクのセンタースタンドを蹴り上げて飛んでいった。
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by haccax | 2004-11-05 22:59 | (紙飛行機と僕)